Category: コラム

Column#2

テオドル・C・ベスター「築地」(木楽舎)著者 ハーバード大学社会文化人類学教授 同大学ライシャワー日本研究所所長

東京の中央に位置する偉大なる築地市場。ここでマグロ、タコ、海老やかまぼこが売り買いされる様子が見られなくなる日が近く訪れるという。様々な議論が飛び交う中、数キロメートル東に位置する豊洲という新しい市場への移転計画が進んでいるのだ。1935年に開場した築地市場は、常連客にとってはもちろん世間一般にも、魚の売り買いや魚市場のイメージとは切っても切り離せない存在になった。80年にわたり築地は日本国内の水産物流通の拠点であり続け、1970年代以降は世界の寿司ビジネスを司ってきた。

遠藤尚太郎監督による映画『TSUKIJI WONDERLAND』は、閉場前の築地市場の姿を圧倒的な映像美と心に訴える物語で切り取った作品である。制作陣は市場で働く人々の「現在」の暮らしを映像に残すことに全力を注いだ。市場の喧騒の真っ只中で撮影された数々のインタビューは、人間味溢れる市場のありさまを豊かに描いている。

築地はこの数十年で水産業に多大な影響を与える市場として世界的に有名になった。マグロの競りに感嘆し、朝食に寿司を食べ、食文化の聖地を訪れる外国人観光客も数多く見るようになった。しかし、市場を動かしている、ここで働く人々の暮らしとその本当の姿を知る者はほぼいない。

早朝の出勤、多様な魚の目利きを体得するために費やす膨大な年月、または1本数百万の本マグロを競り落とすための毎朝の事前の準備など、築地の仕事は過酷だ。

しかし、魚介類や寿司、日々の仕事についての考え、市場の役割、そして築地をコミュニティたらしめている友情や信頼関係を生き生きとカメラの前で語る市場の住人達の言葉からは、築地は厳しいだけではなく、楽しくやりがいのある仕事の場でもあることが伝わって来る。

現在の施設は、広域に及ぶ東京中心部の再開発により取り壊される予定である。

しかし、何千万トンもの水産物が毎朝行き交い2,500万人の首都圏の食を支えてきた活気に満ち溢れる市場の姿は、この素晴らしいドキュメンタリーによって私たちの手元に残される。

数世代後に生きる日本人、そして東京を訪れる外国人は、築地市場の真の魅力と日本の食文化への多大な貢献をこの作品を通して知ることになるだろう。築地の最後を飾るにふさわしい、この上ない美しい贈り物である。

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